2010-11-01から1ヶ月間の記事一覧

上海大山中尉射殺事件の日本以外での報道

大山事件に関しては、当然ながら海外でも報道されている。中国側では南京放送が報道している。発表ソースは淞滬警備司令部であろうが、日本の同盟通信や朝日新聞が海軍省発表に依拠しているのと同じと言える。 その他、第三国メディア*1としてはロイター通信…

「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」で見る大山事件関連報道

反日ワクチンなるネトウヨサイト*1と同じくRed Foxなるネトウヨサイト*2で流布されている大山事件関連の日本特派員記事がある。あちこちでコピペされて使用されているが、この二つのサイトについては出典が明記されていた*3。 1937年12月に発行された「各社…

1939年末時点の上海共同租界義勇隊・警察

義勇隊 イギリス人 577人 ロシア人 253人 中国人 243人 アメリカ人 156人 日本人 116人 スペイン人 113人 ドイツ人 78人 その他 70人 合計 1734人 この他にロシア隊隊員323人を加えて、2057人である。*1 警察の人数と給料 国籍 人数 給料 一人当たり平均給料…

上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)2

上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)1 - 15年戦争史の続き 保安隊なお密集 昨深更・海軍省の発表 海軍では大山中尉射殺事件に関し十日午前一時海軍省副官談の形式で左の如く発表した。 第三艦隊参謀長よりの来電によれば 一、九日午後六時半頃…

上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)1

朝日新聞は縮刷版を出しているので大きな図書館なら確認できるが、容易に手に入るものととしては「朝日新聞社編 朝日新聞に見る日本の歩み 破滅への軍国主義I(昭和12年-14年)」という抜粋版がある。縮刷版はまず貸し出し禁止だろうが、抜粋版は貸し出しで…

新四軍の成立

新四軍は正式名称を国民革命軍陸軍新編第四軍という。長征前の中国共産党が本拠地としていた江西省近辺には紅軍系の遊撃隊が多数残存しており、日中戦争開戦後の1937年10月に国共両党はこれらの紅軍系遊撃隊その他を再編することで合意した。 対象となった地…

衡陽作戦における第116師団(嵐)の損害

1944年6月26日から8月8日*1まで続いた衡陽攻略戦は大陸打通作戦の一環として行われた。衡陽は中国・米国連合空軍の華中における最大の前進基地であった。 日本軍は当初、第68師団と第116師団のみで攻略できると考えていたが、中国軍第10軍の軍長方先覚は頑強…

1932年1月22日の上海の政治状況

中国側(抗日救国会、市党部、工業連合会、北四川路商人連合会など) 20日の日本人居留民による三友実業社放火事件、工部局中国人警官殺傷事件、北四川路暴動、さらに21日の居留民団の脅迫じみた声明を受け、中国側の上海各界抗日救国会、市党部、工業連合会…

1932年1月21日の上海の政治状況

日本人居留民 日本人居留民デモ隊*1が北四川路で横暴の限りを尽くした翌1月21日、居留民団はさらに過激な声明を出した。 吾人は尊き生命の傷害を受け財産の掠奪も蒙り絶大なる通商の迫害に困窮し、尚且つこれ等権益の侵害に眠る帝国政府の無気力に対しては洵…

日本人居留民の反中デモ及び暴動

1932年1月18日の中国人による日本人僧侶殺傷事件、1月20日の日本人右翼による中国人経営の三友実業社工場襲撃放火事件及び上海共同租界工部局中国人警官殺傷事件。 これらの事件後の1932年1月20日、反中感情に染まった日本人居留民は大規模なデモを起こして…

戦争賛美に転じた与謝野晶子

与謝野晶子と言えば日露戦争に出征した弟を思い、「君死にたまふことなかれ」という反戦歌を書いたことで知られているが、この上海事変の頃には天皇崇拝に傾倒し、戦争賛美に転じている。 「君死にたまふことなかれ」は1904年9月に「明星」に発表された歌で…

満州事変開始以後の上海での排日侮日行動

第一次上海事変以前に上海の日本人居留民が中国人から迫害を受けていたという主張がある。 以下は外務省の記録である。 期間 暴行迫害侮辱件数 被害者数(内女性) 学生被害者 9月18日〜10月18日 198件 287人(48人) 394人 10月19日〜11月18日 149件 217人 …

上海青年同志会の正体

以前、テロ活動で上海事変を煽った青年同志会は大陸浪人か右翼団体の類であろうと書いたが、それが事実であることを確認した。三友実業社襲撃放火事件の首謀者である上海青年同志会会長の光村芳蔵は、当時46歳。本籍地は大阪である。 第一次上海事変勃発直後…

上海三友実業公司焼討事件に日本軍憲兵大尉は参加したか?

前回記載しなかったが、右翼団体の上海青年同志会による三友実業公司襲撃放火事件は、日本軍憲兵大尉が指揮したという説がある。情報の大本は田中隆吉自身の証言*1だが、そこでは「当時、上海に日本人青年同志会というのがあったんですが、それをちょうど上…

日本山妙法寺と田中隆吉・川島芳子*1の謀略の関連

以前、以下のように書いた。 しかし、おそらく日本山妙法寺も謀略に加担したのではないかという主張がどこかにあったのだろう。それで「それを軍部がやらしたとか、何かいっていますけれども、全部うそです。この事件は全くの偶然です。」と言ったと思われる…

1932年2月1日時点での各国駐屯軍、義勇隊の概数

国 人数*1 1月30日時点で人数*2 日本 3920 約2800 アメリカ 2750 1264 イギリス 3850 2086 フランス 960 1008 イタリー 160 160 義勇隊 1746 - アメリカ、イギリスの兵力が大きく違うのは、他のアジア地域にある海兵隊を上陸させたためか。アメリカはフィリ…

上海三友実業公司焼討事件

村井総領事の抗議 1932年1月18日夕方の日本人僧侶襲撃事件*1を受け翌19日午前、日本総領事・村井倉松は市政府に行き、不在の呉鉄城市長に代わって応対した兪秘書長に抗議した。 臼井勝美の「満州事変」によると兪秘書長の対応は以下の通り。 事件発端の曲非…

上海日本人僧侶襲撃事件についての追記

TBで臼井勝美氏の「満州事変」での記述について情報をもらったので前の記事に追記する意味でUP。 一月十八日、日本山妙法寺の僧侶天崎啓山、同水上秀雄とその信徒後藤芳平、黒岩浅次郎、藤村国吉の五名は、寒中勤行のため団扇太鼓を打ち鳴らしながら、共同租…

Wikipediaの問題記述

Wikipediaの「上海事変」の項に以下の記述がある。 事変の起きる前の日本と列強との関係について、日本側資料では「上海事件の起こる前に於ける日本と各国との関係は、頗る良好にして、即ち居留地外は上海市長呉鉄城の支配権内に在るも、居留地内は工部局が…

日本人僧侶殺害事件

1932年1月18日午後4時過ぎ、上海楊浦の馬玉山路(現・双陽路)にある三友実業社というタオル工場の前で、日本人の日蓮僧と信者5名が三友実業社の従業員らの暴徒に襲撃され死傷した事件。 襲われた日本人は、僧・天崎啓昇(日本山妙法寺の上海布教主任)、水…

第19路軍の上海付近移駐

第一次上海事変で活躍した蔡廷鍇の第19路軍がなぜ上海付近にいたかについて、日本側は1932年当時から中国軍が租界攻撃をもくろんでいるとのデマを流し、現在においてもこれを信じる者がいるほどである。 Wikipediaの「第一次上海事変」では以下のように記述…

第一次上海事変における損害(追記)

中国側 中国民間人の損害については、中国政府発表の公式報告、中国軍の損害については第19路軍司令官・蔡廷鍇による報告による*1。ただし、1934年時点の情報に基づく。 分類 死者 負傷者 行方不明 計 第19路軍・第5軍 将校 214 677 891 同上 下士官兵 4060 …