2011-09-01から1ヶ月間の記事一覧

渡洋爆撃・第二次上海事変における日本軍機の損害

1937年8月14日 この日、上海方面は台風による悪天候。 所属 離陸地 指揮官 機種 出撃機数 攻撃目標 実際の攻撃 損害 鹿屋航空隊 台北 新田慎一少佐 96式陸攻 9機 杭州 杭州 ※ 鹿屋航空隊 台北 浅野楠太郎少佐 96式陸攻 9機 広徳 筧橋、喬司 ※ ※:新田隊、浅…

平型関関連

八路軍、平型関の戦い 1937年 - 1937年9月25日、八路軍第115師は山西省平型関で、旧日本軍第5師団第21旅団の一部部隊との激戦を繰り広げた。この戦闘により、第115師は旧日本軍兵士1千人余りを殲滅。戦利品として歩兵銃1千丁以上、機関銃20丁以上を入手し、…

第一次山海関事件に関する「蒋介石秘録」の記述

第一回目の衝突は十月一日におきた。同日午後五時ごろ、「満州国」警察十数人が、「あやしい者が逃げ込んだ」と理由をつけて、山海関の東羅城へ押しかけてきた。中国軍の哨兵は城門を閉鎖して侵入を阻止した。 すると別動隊十人が南門から城内に乱入、東羅城…

第二次山海関事件に関する「蒋介石秘録」の記述

装甲列車で強行突破 第二回目の衝突は十二月八日である。この日午後十時、こんどは関東軍第八師団の装甲列車が突然、山海関の長城の切れ口まで進出し、第九旅司令部付近目がけて四発の砲弾を発射した。装甲列車はさらに南進して関内を侵し、石河の鉄橋付近ま…

劉汝明と第68軍の戦い1

宋哲元の第29軍麾下として第143師を率い察哈爾省をおさえていた劉汝明は、北平陥落後の8月上旬、南口で北平からの日本軍と交戦する第13軍や第17軍とは別に、張家口の防衛と張北の奪回作戦を行っている。これと連動して騎兵第1軍(趙承綬)と第7集団軍(傳作…