上海大山中尉射殺事件の日本以外での報道

大山事件に関しては、当然ながら海外でも報道されている。中国側では南京放送が報道している。発表ソースは淞滬警備司令部であろうが、日本の同盟通信や朝日新聞海軍省発表に依拠しているのと同じと言える。
その他、第三国メディア*1としてはロイター通信の記録がアジア歴史資料センターで閲覧できる。

南京放送(9日)

一、上海九日電
(イ)九日午後五時半日本海軍官の服を着し二人の日本人を伴い自動車に乗り虹橋飛行場に達した時飛行場に在りたる衛兵に阻止を受け日本兵は発砲射撃した。日本兵は常に飛行場に来る為我が軍当局は飛行場の衛兵に若し日本人騒乱するときは発砲せよと厳命し故に飛行場衛兵は日本人を見て発砲したるに日本人は元の自動車で立ち去った。此の時附近の保安隊は銃声を聞き駆け付けたるに日本人等は又発砲して我が保安隊を射撃、隊員一名を死に至らしめた。
(ロ)兪上海市長は虹橋飛行場からの報告に接し電話で日本岡本総領事に問い合せ同時に外交部秘書も日本海軍武官に問い合せたが本田武官は此の事を信ぜず、日本海軍陸戦隊の官兵は本日命を奉じて外出したものなく仮装して飛行場に行った日本官兵は絶対にないと答えた。

*2

Wikipediaにある大公報の記事*3とは内容が異なり「我が軍当局は飛行場の衛兵に若し日本人騒乱するときは発砲せよと厳命し」となっている。
(イ)の内容はかなり説得力がある。重要な点は衝突箇所が、衛兵ともめた場所、附近の保安隊と交戦した場所の二箇所である点だ。日本側での大山事件の説明は、いきなり包囲されて一方的に銃撃されたというものが多いが、前段である衛兵との衝突は大山らの意図からも重要な要素だ。
(ロ)にある日本海軍官兵による虹橋飛行場偵察は、実際過去に何度も行われており本田武官の返答は誠意のないものと言わざるを得ない。

同盟参考内報 上海九日発(不発表)

一、淞滬警備司令部は左の如く発表した
「虹橋飛行場に於いて支那側哨兵と日本側巡羅兵との間に衝突、相互に応戦、日本水兵一、支那兵一即死した」

*4

二、ロイター通信 虹橋飛行場に隣接せる一英国人談
「最近数日来日本人数名は飛行場付近を頻りにうろついていたが支那哨兵のため妨げられていた。九日午後五時頃一日本人運転の自動車が日本人一名を(共に水兵に非ず)客席に乗せ飛行場に入らんとせるため哨兵より発砲うち一名即死、他の一名は逃亡した事件あり。支那側でも一名死亡又は負傷した。尚該英人の姪(二名)は事件のためルビコン橋を渡り市内に行くのに支那保安隊一名及び工部局員一名の保護を受けるを必要とした。彼等は八時に至るも帰宅せぬ。工部局警察副総監エアーズ*5は現場に行かんとして同橋の支那保安隊に阻止せられ止む無く帰還した。」

*6

これが興味深い記事である。工部局警察の英国人副総監は事件当日午後8時の時点では現場に入ることが出来なかった点もそうだし、中国保安隊の警備線が少なくともルビコン*7まであった点もそうで、事件当時の空間的状況を物語る資料である。

外国無線局発信電報

上海(XGX)八月十二日
一、通信
(イ)上海発
日本側は医学的証拠は、死去せる保安隊員は其の同僚の為に殺害されたものであることを示して居り、又日本犠牲者の屍骸の銃弾及び銃創による損傷は日本人が其処に赴くあらゆる権利を持って居る街道に於いて野蛮且つ正当な理由のない虐殺が行われた事を示して居ると述べた。日支双方とも其の立場から退かないので、共同調査は停頓に陥ったが、観察者は日本が同事件の解決に実際実力に訴えるか否かを疑問として居る(此処電文数語欠)(以下略)

*8

死亡した保安隊員は中国側の病院で検死されているが、日本側から有馬軍医、工部局からも検視官が立ち会っている。検死結果に関する報道はまだ見当たらない。上記からは日本側が同士討ちだと主張していることがわかるが、中国側の主張については特に載っていない。また、工部局が積極的に日本主張を支持している様子もこの記事からは伺えず、記事は日本の武力発動に対する懸念を伝えている。

*1:第三国と言っても、上海利権の影響から免れるわけではないが。

*2:アジア歴史資料センター「情報委員会8・10 情報第三号 南京放送(9日)」レファレンスコード:A03023889200

*3:ソースを確認できないので捏造・誤訳の可能性あり

*4:アジア歴史資料センター「情報委員会8・10 情報第二号 同盟参考内報」レファレンスコード:A03023889400

*5:R. C. Aiers 英国人

*6:アジア歴史資料センター「情報委員会8・10 情報第二号 同盟参考内報」レファレンスコード:A03023889400

*7:虹橋路と羅別根路(現・哈密路)との交点にあるクリークにかかる橋

*8:アジア歴史資料センター「情報委員会8・13 情報第一一号 外国無線局発信電報」レファレンスコード:A03023894400