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日本報道に見る1939年7月頃の蒙疆の状況

1939年

新聞記事文庫 中国(18-071)
大阪朝日新聞 1939.7.16-1939.8.1(昭和14)(1〜6)

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北支蒙疆 興亜建設の現地報告 (1〜6)

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(6・完) 蒙疆篇 赤魔へ生ける長城 鉄、石炭無尽の豊庫
一昨年八月十二日皇軍が南口攻撃を開始し、忽ち察哈爾、山西、綏遠方面の敵を完全に壊滅、同年十一月二十二日現在の蒙疆聯合委員会が成立して、ここに蒙疆五百五十万民衆は完全に蒋政権から離脱した、思えば蒙疆政権成立以来一年有半、その間政治的にも文化、経済的にも興亜史上未曽有の飛躍と幾多輝かしい足跡を残している、今や蒙疆は赤色ソ聯、外蒙に対し生きた長城となり、そしてこの長城の上に新秩序の大旆をふりあげ漢、蒙、回の各民族一致団結して防共の第一線に立つことこそ蒙疆に課せられた聖なる使命としているのだ−左は記者が六ケ月に亘り蒙疆各地を歩き現実に眼で見、耳で聞いた興亜建設の生きた報告である−


政治
昭和十二年九月四日張家口に察南自治政府が誕生し、相ついで同十月十五日には大同に晋北自治政府、十月二十七日には厚和に蒙古聯盟自治政府が樹立された、蒙疆地区に相ついで成立した三政権は相互に善隣関係を促進し、かつ利害の共通する事項の連絡統制を計る目的で同年十一月二十二日張家口へ蒙疆聯合委員会を設置した、その後聯合委員会はあらゆる部門につき重大なる推進力として発展をとげ昨年八月一日従来の委員会制より部制に変革し、総務、産業、財政、交通、民生、保安の六部を置いたがさらに中央集権的重要性を加重して、将来の飛躍的発展に備えるため去る四月二十九日蒙古聯盟政府主席徳士を総務委員長に推薦し、委員会全体を総理することとなったのである、現在の蒙疆聯合委員会ならびに三政府の首脳部は左の如し

総務委員長徳王、最高顧問金井章次、総務部長卓特巴札晋、同顧問関口保、産業部長金永昌、同顧問野尻哲二、財政部長馬永魁、同顧問日比野襄、交通部長杜運宇、同顧問伊藤祐、同顧問満尾君亮、民生部長杜運宇、保安部長陶克陶、同顧問水川依夫蒙古聯盟自治政府主席徳王、副主席李守信、察南自治政府最高委員于品卿、最高顧問竹内元平
晋北自治政府最高委員夏恭、最高顧問前島昇

蒙疆政権では最近阿片管理令、塩法、家畜搬出取締法、穀物搬出取締令を発布、労働統制委員会を設けるなどあらゆる部門に亘り一元的統制を行い重要部門の統制権はすべて聯合委員会で握りあたかも委員会が単一中央政権であるかの如き政治形態をとっている、これは即ち将来当然考慮さるべき強力なる蒙疆単一政権の前奏曲ともいうことが出来る

[図表あり 省略]



経済
面積五十万七千平方キロ(わが本州、四国、九州を合した面積)人口五百五十万の蒙疆地区はあまりにも有名なる大同炭、竜煙鉄のほか産業資源は極めて豊富である、今事変前は調査も不徹底で開発計画も十分ではなかったが事変後幾多の資源開発会社が設立され、今や蒙疆の資源は日蒙経済ブロック上極めて重要なるものである

鉄−竜煙鉄は埋蔵量一億二千万トン、事変後これを逆産として蒙疆政権の手に接収、興中公司に委託連営せしめ日産千五百トンをあげていた、最近北支開発会社と蒙疆聯合委員会とが折半出資し竜煙鉄鉱株式会社を設立した今年末宣化駅と●家堡鉱区とを結ぶ宣●線開通の暁には一日に三千トンを採掘する予定であると
石炭−察南炭田(下花園)晋北炭田(大同)および大青山炭田である、大同炭は埋蔵量四百億トン、まさに世界第一の炭田である、最近聯合委員会産業部で調査したところによると従来の炭層の外に新たに八層の炭層を発見、しかも新炭層は石炭紀層に属し強粘結性のものであることがわかり大同炭の認識を改めなければならなくなった、目下張家口鉄路局では一ケ年三千万トン出炭計画を前に大同から京包線に併行し八達嶺を南に迂曲、永定河に出る新鉄道敷設を計画中である
畜産−蒙疆は地勢広濶、牧草豊かに天然の大牧場である、家畜数は大体牛五十六万頭、緬羊四百万頭、山羊七十万頭、馬五十万頭、豚五十四万頭、驢二十七万頭、騾十万頭に上り毎年北京、天津、満洲国に多数家畜を供給している、目下聯合委員会では家畜搬出取締令を発布し蒙疆の家畜の減少を防止、冬営地設定など家畜保護に全力をつくしている
農業−現在農業の限界地は百霊廟、多倫を結ぶ線で停頓し耕地面積一四、二五三平方キロであって未だ可耕未墾地が広面積におよんでいる、気候的に年一毛作で主作物は麦、粟、高粱、豆類大豆で馬鈴薯、亜麻、大麻も相当産する
塩−蒙古高原には流出口のない湖沼が無数にあり大気乾燥はげしく蒸発して塩分が非常に強い、年産八千万斤、対満輸出年額二千百万二十ピコルに上り対満貿易の主要物資になっている、聯合委員会では七月一日から塩法を施行し、塩の一元的統制を断行価格の低下を計ることとなった


文化
蒙疆政権では教育の主眼を親日防共、民族協和の精神の発揚におき堅実なる人物の養成を目的とした、すでに国家の中堅層たる官吏の養成機関として察南、晋北、蒙古の三学院を開設し、さらに六月初めから張家口に蒙疆学院を設置、官吏の素質向上に万全を期している、なお張家口には最近青年学校が十数校新設され華人青年教育に乗出し規律正しい青年訓練を行っている


軍事
蒙疆政権成立後まず当面第一に手をつけたのは治安工作であった、永年の匪禍に苦しむ地方農民へ救済の手を差しのべ農村振興をはかることおよび保安隊の拡充、警察機関の強化など恒久的施設の整備を行って来た、京包線はお蔭で他の占領地域より治安はよく、食堂、寝台車すら連結、夜間運転を行っている、四月攻勢によって馬占山、伝作義、郭希鵬軍が一時われに挑戦して来たが、忽ち敗走し、今や全く蒙疆地区の治安は確立したということが出来る、かくて蒙疆はゆるぎなき新東亜体制の重要なる構成分子として着々躍進をつづけ同政権の基礎はますます強固になって行く(張家口にて中村本社特派員)

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データ作成:2003.10 神戸大学附属図書