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上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)2

上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)1 - 15年戦争史の続き

保安隊なお密集

昨深更・海軍省の発表
海軍では大山中尉射殺事件に関し十日午前一時海軍省副官談の形式で左の如く発表した。
第三艦隊参謀長よりの来電によれば
一、九日午後六時半頃上海特別陸戦隊付海軍中尉大山勇夫は一等水兵斉藤要蔵*1の運転する陸戦隊自動車にて上海西部虹橋飛行場東方越界路たる碑坊路=モニュメント路=(飛行場東南隅正門の北約百メートル)において支那保安隊員のため射撃殺害せられ、斉藤一等水兵は目下行方不明なり
二、上海市長及び淞滬警備司令より日支兵交戦中との報により午後七時頃現場に至り調査せる沖野武官の報告によれば該自動車は道路東側に逸出停止し、前後左右に数十発の小銃弾痕及び数個の大型破孔あり、大山中尉は身に数弾を受け且顔半面を破壊され車外に倒れあり、運転台附近に多量の流血あり、附近保安隊及び支那兵密集し警戒厳重なり

発表は10日午前1時だが、斉藤水兵が行方不明という状況から二度目の現場検証の情報が入ってきていない内容。この記事で大山中尉の死体の状況を「顔半面を破壊され車外に倒れあり」としているのは重要な点。
中国非難の根拠として、一度目の現場確認から二度目の現場検証までの間に保安隊員が死体に暴行を加えたというものがあるが、最初から上記状態であったことを考えると、それがデマである可能性が高いと言える。

共同租界のテロ

帝国軍人に挑戦
 憂慮の事態・保し難し
【上海特電九日発】大山中尉射殺並びに斉藤水兵拉致事件
一、共同租界内の事件
一、軍服を着せる我が海軍将校に対する支那保安隊の挑戦行為
一、停戦協定違反事件
の三点において極めて重大性を持っておるが我が陸海軍、外務三当局の重大会議の結果、南京政府に対し徹底的解決を要求するに決定、南京政府の態度如何によっては極めて憂慮すべき事態の発生も保し難いと観測される

越界路、しかも軍専用空港眼前の道路を「共同租界内」とみなすのは無理。警察権についても中国・租界工部局間で係争中であるし、法律的にも越界路を租界内とみなす根拠はない。
「停戦協定違反」というのも虹橋空港についてはあたらないだろう。

斉藤水兵も殺害

上海市長、謝意を表明
【上海特電九日発】上海市長兪鴻鈞氏は大山事件突発に極度に狼狽し九日午後十時岡本総領事を訪問、事件の発生につき遺憾の意を表した
【上海十日発同盟】上海市長兪鴻鈞氏は九日午後十時十五分総領事館に岡本総領事及び本田海軍武官を訪問同十一時二十分辞去した、兪市長は
一、大山中尉、斉藤水兵の両名の死体は既に現場より某々所に移されてある事
一、右両名の死体は九日夜中に日本側に引渡す用意あること
を申し入れかつ死体引渡しのために支那側は市政府参事一名及び保安隊参謀長並びに参謀一名日本側に派遣し同行せしむべき事を約した、然し兪鴻鈞市長辞去後四十分を経るも、いまだ支那側の右立会人一人も来たらず支那側の誠意頗る疑わしきものがある

「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」で見る大山事件関連報道 - 15年戦争史の大毎・東日特電では、9日午後11時半に市政府秘書張定栄以下警察局員数名と死体引き取りに出発したとあるので、時刻の不整合がある。
時刻の不整合はいずれかの記者の記憶違いの可能性があるが、いずれにせよ程なく中国側の役人が来ていることは間違いなく、「いまだ支那側の右立会人一人も来たらず支那側の誠意頗る疑わしきものがある」というのは為にする非難でしかない。
別の記事では、中国側からの陳謝がないと非難しているものもあり、一方的で偏向した報道内容といえる。

蒋氏に急報

上海支那当局
【上海十日発同盟】事件勃発するや上海市政府警察当局及び淞滬警備司令楊虎は直ぐに部下の警察隊保安隊及び保衛団に支那街の厳戒を命ずると共に南京にある蒋介石氏に事件を急報し又電話をもって刻々情報を国民政府軍政部当局に報告し非常な緊張を示している

第一次上海事変時の記憶を考えれば当然の対応と言える。

工部局抗議か

【上海十日発同盟】大山中尉射殺事件発生の碑坊路(モニュメント路)は共同租界エキステンション(越界路)で支那兵が公然これを占領し路上に土嚢を構築して通行を阻害したことは既に支那側が租界を蹂躙した越権不法行為で共同租界工部局もこの点に異常な関心を示し支那側に厳重抗議をなす模様である

これが重要な記事だが、租界にとっては越界路での権益を中国政府と争っている最中であり、越界路上の警察権を中国側に認めるわけにはいかない点を踏まえないと、当時の日本のプロパガンダを鵜呑みにする危険がある。
工部局にとっては、中国と日本のどっちが先に発砲したかなどはどうでもよく、越界路上の事件で工部局警察が介入し、警察権を譲らない姿勢を示すことの方が重要だった。

*1:本名は斉藤与蔵、「要蔵」は朝日特電での誤記