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蒋介石秘録に記載された晋南(中条山)会戦

1941年 山西省 中条山会戦

蒋介石秘録14・日本降伏」P63-64

 一九四一年五月、日本軍は晋南(山西省南部)の政府軍に総攻撃を開始した。攻防の焦点となったのは中條山で、ここは、わが政府軍(第十四集団軍、第六十一軍)が前年十二月、十回にのぼる日本軍の攻撃をはじき返したところである。
 このとき八路軍(第十八集団軍)は山西省北部に集結していたが、政府軍が日本軍に攻撃されるのを傍観しただけでなく、日本軍と力を合わせて政府軍を挟撃、このため政府軍は甚大な損害をこうむったのである。
 これには、日本軍も驚いたようで、軍の放送は「八路軍主力は、わが軍が重慶軍主力を攻撃しているとき、終始対岸の火事を見るような態度をとったばかりか、遊撃隊を出動させて重慶軍の側面を脅かし、敗残軍の武装を解除した」と伝え、また上海十六日発のUP電も「日本陸軍のスポークスマンが、この晋南戦で日本軍と共産軍は互いに攻撃しあうことはなかったと述べた」というニュースを流した。
 このことは米国国内でも話題になり、ワシントンスター紙は「中国共産党蒋介石委員長にそむき、転じて汪兆銘を助けることもありうる」と社論をかかげた。

蒋介石秘録は国民党が台湾に逃れてから出版されたため、反共傾向が著しい点に留意する必要がある。中条山会戦の敗北は、国民党軍の最大の恥辱であり、大敗の原因は曹万仲(曾万钟)の第五集団軍の軍紀が乱れていたことなどがあげられる。開戦早々に黄河南岸への退路を絶たれ、ろくに抵抗できず壊滅した責任を八路軍に転嫁するため、蒋介石八路軍を罵ったと言えよう。
寸断された国民党敗残兵は北部に逃れ、八路軍に合流しているが、それを「敗残軍の武装を解除した」と表現しているに過ぎない。

なお、ワシントンスター紙が反共保守派の新聞であることにも留意が必要だろう。