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第三十話 湘西会戦

第三十話 湘西会戦

2014-10-08 14:23:59
 1945年4月、中国侵略日本軍は約8万人の兵力を集結し、第20軍の板西一良司令官の指揮の下で、分進合撃(分散した部隊が集中するように機動・攻撃する方式)の戦術をとり、湖南省西部に向け攻撃を始め、芷江(シ江)の飛行場を多方面から包囲し、中米空軍の第一線の陣地を破滅し、また湘西を一挙に占領して重慶を脅かし、そのやがて滅亡する運命を救おうと企んだ。
 中国側は約11万人余りの兵力を集中させ、陸軍の何応欽総司令の指揮の下、陸軍第四方面軍の王耀武を主力とし、地形の険しい雪峰山地区を頼りに、何重もの陣地を構築し、順次に攻撃を阻止し、敵を深く誘い込み、包囲せん滅させる戦術をとり、日本軍と湘西会戦を展開した。
 湘西の民衆の力強い支援の下、中国軍による日本軍の狂気の攻撃に対し頑強な反撃を実施し、積極的に出撃して、日本軍に絶えず手痛い打撃を与えた。日本軍の攻撃は再三挫折し、攻勢はしだいに衰えていった。会戦の後期には、中米の空軍が強大な空軍機群を出動させ、空中から日本軍の地上部隊に猛烈な攻撃を実施した。中国の第四方面軍は出撃の勢いに乗り、日本軍に全面的な反撃を始め、すべての失った土地を奪回し、日本軍の攻撃を打ち破った。
 湘西会戦(芷江戦役)は中国・抗日戦争の正面戦場における最後の会戦で、2ヶ月近くにわたり、戦線は200キロメートル余りに達している。中国軍は死傷者1万9000人余りの代償を以て、敵2万8000人余りをせん滅し、抗日戦争の正面戦場における最後の一戦での完勝を収めた。その後、日本軍は敗戦、降伏するまで、中国の戦場で攻撃作戦を完全に停止した。

http://japanese.cri.cn/782/2014/10/08/181s227509.htm