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廬山談話

中国 1937年

1937年7月17日、蒋介石は廬山談話(いわゆる「最後の関頭」演説)を発表。

抗日全軍将兵に告ぐ 蒋介石

 抗日全軍将兵同志諸士!
 今次の蘆溝橋事件に際し、日本軍は卑劣極まる欺瞞的手段によつて我が天津及び北平を占拠し、我が同胞民衆を殺害したが、我が国にとつてこれ以上の大なる恥辱はない。これを思ふ毎に、余は実に痛心限りなきものがあるのである。
 満洲事変以来、吾等は忍耐に忍耐を重ね退譲に次ぐに退譲を以てしたが、日本は益々凶暴圧迫を恣にしてその止まるところを知らない。かくて吾等は忍ぶに忍び得ず退くに退き得ない事態に陥り、全国一致決起して日本と死活の勝負を決するの已むなきに至つた。しかも吾等軍人は平素より全国同胞の膏血による給養を受けてゐる。吾等はこの秋に当り、如何に勇奮力闘して保民保国の重責を果すべきであるか?
 余は全国を統帥し、国家の存亡、将兵の生死に対して全責任を負ふべき地位に在るが故に、自己の心力を竭して最後の勝利を獲得しなければならないのである。
 余は常に「戦へば必ず勝たねばならない」と言つて来た。我が全将兵は一心一徳、命令に服従すれば即ち足る。その結果は必ず日本軍を撃破し、我が国辱を雪ぐことが出来るのである。
 今直ちに日本に対する決死の抗戦を開始せんとするに当り、最も重要なる五つの事項を示して玄に全将兵の注意を喚起せんとする次第である。

一、飽くまでも犠牲たるの決心を堅持すべし。

 諸士は日本が予てより機に乗じて功をとるの方法を利用し、我が領土を相次いで奪取し来つたことを知つてゐるであらう。従つて日本軍に対して相当の打撃を与へない限り、その侵略を停止させることは出来ないのである。而して今吾等が挙国一致日本に向つて抗戦すれば、日本もまた体面上必ずや全力を傾けて戦ふであらう。故に、戦争が勃発しなければ即ち己むも、一度戦争が始まればそれは必然的に長期戦となり、日本が弊れなければ即ち我国が亡びるであらう。従つて吾等軍人は必ず心を同ふし、力を合せ、死を決して戦に赴き、民衆は心を一にして飽くまでも日本に抵抗しなければならないのである。
 諸士は銘記しなければならない ― 戦争の勝敗は一にかゝつて戦ふ者の精神にあり、我が彼を恐れなければ彼は必ず我々を恐れ、また相手を恐れるものは必ず敗れ、相手を恐れないものは必ず勝つといふことを。
 吾等の銃砲は日本のそれに劣ると雖も、吾等は飽くまでも犠牲の精神を堅持してゐさへすれば足りる。忠勇にして恐れざるの革命精神を以て前進突撃すれば、日本が必ず敗れることは毫も疑ひのないところである。何故ならば、日本の軍隊は機に乗じて功をとり得るのみで、真の犠牲を欲してはゐないが故である。

ニ、最後の勝利が我に帰することを信ずべし。

 日本軍は我が領土に於て作戦するが故に、至る処に於て地理に通じない。しかも各地の民衆は凡て我が同胞であつて日本の仇敵である。従つて日本の軍事行動は至る処に於て殆んど進展し得ず、その結果日本の将兵は死を恐れて犠牲を拒むに至るであらう。茲に於て日本軍の行動は緩慢となり、敢て迅速なる進撃を行はず、僅かに飛行機及び大砲によつてのみ吾等に猛撃爆破を加へ、吾等を威嚇して後退せしめんとし、真の戦闘はこれを回避するであらう。故に我軍は死を誓ひ、死を決して頑強に抵抗し、苦を恐れず、難を怖れず、死を怖れず、落着いて照準を定め、弾丸を愛惜し、持久死守しさへすれば、日本軍の実力は消耗し、遂には必ず我軍の勝利となること瞭かである。従つて我軍の将兵は戦に臨んで決して周章狼狽してはならない。たとひ一時は挫折することはあつても、日本軍の犠牲を肯んぜず敢て急進しない上いふ弱点を利用し、従容として戦闘力を補給し、奮闘を継続しさへすれば、最後の勝利は必ず我軍の手に帰することは疑問の余地さへないところである。

三、智能を活用して自ら抗戦すべし。

 作戦に関しては最高統帥部より指示を与へ、各部隊所管事項に関しては必ず各部隊の各級指揮官が自ら詳細に研究し、以て本部の手の及ばないところを補ふことになつてゐる。例へば地形、敵情、我軍の状況、便衣隊の配置、諜報者の使用、激戦による補給断絶に対する応急措置、交通阻礙による命令中断に対する臨機の措置等は、凡て各部隊の指揮官が積極的に智能を活用して決定すべきものである。なほ上は軍長、師長、旅長より下は営長、排長に至るまで、一貫して斉しく堅守すべきことは各自の責任と本分とである。

四、軍民一致団結して親愛誠実を致すべし。

 如何なる戦争も民衆の支持を得て初めて勝利を得るのであるが、今回の抗日戦に於ては特に全国各地全民衆の力を動員して敵と決戦すべきである。
 しかし民衆と軍隊との協力一致、相互扶助を望むならば、先づ民衆に対して親愛誠実の情を示し、以て民衆の信頼と尊敬とを獲得しなければならない。これあつてこそ初めて軍民一如の目的を達することが出来るのである。而して民衆に対して親愛誠実の情を表示するには常に同情の念を以て彼等に接し、彼等をして過度に疲労せしめず、怨嗟を生ぜしめず、遭難の老幼婦女を見れば必ず力を尽してこれを援助し、自己の肉身と同様にこれを遇すベきである。戦闘区域及びその附近の民衆に対しては、特に祖国が今や危急存亡の岐路に立つてゐることを告げ、凡そ中華民国の同胞たるものは斉しく結束奮起して殺敵救国の大義に赴くべきことを理解せしむることが肝要である。また随時随所に民衆を援助し、民衆を教導し、民衆を救護し、親愛誠実の情を示して彼等と辛苦を共にしなければならない。かくの如く軍民団結すれば民衆も自ら楽んで軍隊を支持し、売国的間諜は勢ひ発生せず、敵は遂に敗北すること瞭かである。

五、陣地を堅守し進撃するとも退却すべからず。

 我が革命軍の精神は、前進するとも絶対に退却せずといふ点にある。我が革命軍の成功も亦前進あるのみで退却しないといふところにある。従つてもし退却するものがあれば、連座法によつてこれを処断すべきである。過去の作戦もかくの如くであつたが、今次の日本に対する作戦に於ても亦連座法の実施を必要とする。何故ならば、連座法を実施することによつて勇敢なるものは安堵し、死を恐れるものは退却せんとしても退却することが出来ず、かくて初めて最後の勝利を獲得し得るが故である。
 日本軍はその強大な武器をもつて猛爆進攻するであらう。しかしもし我が軍が山の如く屹立し、陣地を堅守し、進撃あるのみで退却を知らず、敵の接近を俟つて突撃肉薄すれば、日本軍が如何に飛行機、大砲を有するもこれを使用するに途なく、我が軍は持久戦線に於て必ず最後の勝利を得るのである。これに反して、もし指揮者の命に従はず、恣に自ら退却して個人的に連座法の処罰を受けるのみならず、更に部隊の士気を動揺せしめ、害を国家に及ぼすが如きことがあれば、これは狼を曳ひて室に入るの危険を敢てするものであり、また兇漢の悪事を援助する売国奴となることである。
 もし各陣地に於て、本委員長の命を俟たず、擅に後退するものがあれば、その何人たるを問はず一斉にこれを売国罪として極刑に処すべきであつて、毫も容赦してはならない。吾等は何時かは必ず死ぬものであ
 るが、その死をして意義あらしめなければならない。死は光栄である。苟も自ら恣に退却して軍法の制裁を受け、死刑に処せられるが如きことあれば汚名を万年の後に遺すものである。これに反して日本軍に対する応戦の犠牲となるならば、それは芳名を百世に遺すものである。
 中央政府は拠点固守奨励の弁法を定め、能く拠点を固守し敵の攻撃に対しても退却しなかつたものは即刻三級を昇進せしめ、三代に亙つて栄位を贈り、その余栄を子孫に及ぼさんとするものである。故に諸士は努めて陣地を堅守し、攻撃あるのみで退却することなく、国家のために光栄を増し、自己のために栄誉を保つべきである。これに反してもし恣に退却を敢てするものがあれば、中央政府は必ずこれを売国間諜の罪名に於て処罰し、これを極刑に処するに何等の容赦も許さないであらう。

 以上は日本勢力の駆逐並に中華民族復興のための最も重要なる五つの項目であるが、今後なほ重要なる事項が生ずれば更めてこれを指示するであらう。
 諸士は満洲事変によつて吾等が東北四省を失ひ、爾来民衆は苦悩を受け国家は領土を喪失し来つたことを忘れてはならない。吾等は一時一刻たりともこの大なる恥辱を忘れてはならないのである。
 最近数年来、吾等は忍耐に忍耐を重ね、無抵抗の態度をつゞけて来たが、これは果して何のためであつたか?
 国内の安定を図り、統一を達成し、国力を充実し、最後の関頭に臨んでは即ち抗戦し、雪辱せんがためであつたのである。
 今や既に平和の望みは絶えた。この時に当り、吾等としては徹底的な対日抗戦あるのみである。故に吾等は挙国一致、犠牲を惜まず日本と決戦すべきである。我が国民は黄帝の革命的子孫たることを自覚し、死を決して難に赴き、報国の途をはかり、以て孫総理及び先烈の犠牲に対して報ゆるの覚悟がなければならない。吾等は数千年来祖先の遺留したまへる光栄ある歴史と版図とを維持し、吾等の父母、師父、先輩の吾等に与へた深厚なる教誨と扶養との恩に報い、以て吾等の子孫に対して恥づるが如きことのなきやう心がくべきである。
 抗日全軍の将兵諸士! 時機は既に到来した! 吾等国民は心を一にして殺賊に努力し、攻撃あるのみで退却することなく、万悪の日本軍を駆逐し、以て我が中華民族の復興を図らうではないか!      
             『中央公論』十二年十二月号

http://binder.gozaru.jp/syou.htm