植民地朝鮮における学兵事件

「日本による朝鮮支配の40年」姜在彦

 二つの学兵事件
 それで、日本では知られていませんが、朝鮮で学兵事件というのが起こります。例えば平壌師団学兵事件、これは平壌師団の朝鮮人学兵たちが、金完龍(中央大学法学部)を総責任者とする秘密結社をつくって反乱をおこし、北の山岳地帯でパルチザン闘争をやろうとしたが、一九四四年十月に計画が漏れて、七〇余名が逮捕されたという事件です。あるいは、大邱第二十四部隊でも学兵事件が起こりました。第二十四部隊は全員で六〇〇〇名らしいのですが、金而鉉(明治学院経済科)、文漢雨(延禧専門)ら学兵二七名は、第二十四名を全員毒殺しようとした、そういうべらぼうな計画があったのです。発覚して一部は逮捕され、一部は満州に脱出します。
 ですから、日本人は最後まで朝鮮人を信じられなかったのです。太平洋戦争末期に敗戦がつづくなかで、かれらがいちばん心配したのは、アメリカ軍が日本本土に上陸したとき、とりわけ朝鮮に上陸したとき、朝鮮人がどう動くかで、これは大変でした。あれほど皇民化運動をヒステリックにすすめたところで、所詮日本と朝鮮との間の、支配と被支配による民族的矛盾が解消されるものではなかったのです。
(174〜175頁)