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機関銃中隊の編成例

1941年 日本軍

「菊兵団ビルマ死闘記」の著者前田正雄は、第18師団第56連隊第1大隊に所属した将校である。主として第1機関銃中隊に配属され、小隊長、中隊長を勤めている。
大隊に配属されている機関銃中隊は、戦闘時には大隊麾下の各歩兵中隊に機関銃1個小隊を付けることが多いため、通常は機関銃中隊も4個小隊編成になっている。1個機関銃小隊は2個分隊編成で1個分隊重機関銃が1挺配備されている(1個機関銃中隊あたり8挺の重機関銃を装備)。機関銃小隊1個当たりの人員数は約40人、馬匹は8頭である。馬匹は主に弾薬輸送に利用する。*1

前田正雄の場合、1941年のマレー進攻から翌年のビルマ進攻の際、所属した機関銃中隊は人員120名、重機関銃(92式重機関銃)は6挺であったという*2。第18師団はマレー進攻に際して、支隊を編成しているため、それに伴う重機関銃配備数の変更かもしれない。


重機関銃の運用に要する要員

重機関銃は1個分隊で1挺を運用し、1個分隊は約20人である(但し、弾薬要員を含めた人数。重機関銃そのものを運用する分隊は10人程度、対応する弾薬要員が10人程度であろう。なお、弾薬分隊は編成上、中隊麾下に弾薬小隊として配備されている)。前田正雄が所属した第18師団はビルマの作戦で、ジャングルのためあまり馬匹が使えず輸送に苦労している。
中国軍にも機関銃は配備されているが、馬匹を持っていないため、重機関銃1挺あたりに必要な要員は20人以上であろう。南京事件時の中国軍の兵員数を過少に評価したい歴史修正主義者は「戦闘員の人員は(機関銃を一丁につき4人と計算しても)概ね5000人〜6000人程度にしかなりません」*3と主張しているが、的外れとしか言いようがない。
なお、中国軍の標準1個師の人員は10923人で、重機関銃配備数は54挺である。重機関銃要員数は1挺あたり20人として1080人、約1割に相当する。

*1:中隊レベルでの人員数は、「編制表抜萃送付の件」アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04123162100 参照

*2:「菊兵団ビルマ死闘記」P282

*3:http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/page006.html