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1939年1月に編成した独立混成旅団

1939年 日本軍 山東省 河北省 山西省 安徽省 江西省 江蘇省 浙江省
部隊名 旅団長 編成地 所属部隊 補充担当 上級部隊
独混第6旅団 土屋兵馬 山東省筥県 独歩第21〜25大隊 名古屋 北支方面軍
独混第7旅団*1 水原義重 天津 独歩第26〜30大隊*2 旭川 北支方面軍
独混第8旅団 瀬川四郎 河北省石家荘 独歩第31〜35大隊 東京 北支方面軍
独混第9旅団 越生虎之助 山西省太原 独歩第36〜40大隊 東京 北支方面軍
独混第10旅団 水野信 山東省済南 独歩第41〜45大隊 東京 北支方面軍
独混第11旅団 富士井末吉 浙江省嘉興 独歩第46〜50大隊 広島・善通寺 中支派遣軍
独混第12旅団 丸山定 江蘇省蘇州 独歩第51〜55大隊 善通寺 中支派遣軍
独混第13旅団 尾崎義春 安徽省淮南 独歩第56〜60大隊 熊本 中支派遣軍
独混第14旅団 藤堂高英 江西省九江 独歩第61〜65大隊 姫路 中支派遣軍

*3

武漢占領後も蒋介石国民政府は降伏せず抵抗を続けたため、日本軍は長期的に占領地を維持せざるを得なくなった。このため占領地警備を目的とした独立混成旅団が多数増設された。

上記の独立混成旅団を構成する独立歩兵大隊は、いずれも現地復員した後備歩兵大隊から編成されている*4
独立混成旅団は、独立歩兵大隊5個に砲兵隊、工兵隊、通信隊などで構成され、兵員は約5000人。1個独立歩兵大隊は、4個中隊編成(1個中隊は約200人)であった*5

*1:http://kita.down.ne.jp/force/115d.html

*2:第7師団後備歩兵第1〜4大隊から改編

*3:参照:http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikugunryodan1.html 上級部隊は1939年1月当時の配置から判断

*4:http://www1.odn.ne.jp/tobu7757/J_wsd/armydate/unit/ibs_list01.htm

*5:華北戦記」桑島節郎、P8、P26