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支那駐屯軍の増兵

1936年4月、日本軍はそれまで歩兵10個中隊(北京:2個、天津:8個)、砲兵1個中隊、工兵1個小隊の約1770人だった支那駐屯軍の兵力を約3倍に増強することを決定した。日本軍にとっては、中央を無視する傾向の強い関東軍華北工作を牽制するため支那駐屯軍を強化したという意図もあったが、同時に非武装地帯の抗日勢力を威圧するためでもあった。

支那駐屯軍を増援する為の人員の第一次は1936年5月9〜10日に宇品・門司で4隻の船舶(「生駒山」、「宇品」、「神速」、「明海」)に乗船し、5月14〜15日に秦皇島に上陸している。
その兵力は、第5、第10、第6、第12、第3、第14各師団からの抽出で、合計2621人である。

船舶名 将校 下士
生駒山 37 513 550
宇品 29 508 537
神速 48 1123 1171
明海 15 348 363
129 2492 2621

*1

第二次は1936年5月22〜23日に新潟で3隻の船舶(「生駒山」、「宇品」、「明海」)に乗船し、5月29〜30日に塘沽に上陸している。その兵力は、第8、第7、第1各師団からの抽出で、合計1677人である。

船舶名 将校 下士
生駒山 36 630 666
宇品 31 488 519
明海 17 475 492
84 1593 1677

*2

これにより、華北の日本軍は約6000人にまで増えることになった。

*1:アジア歴史資料センター支那駐屯軍諸隊派遣船舶輸送の件」 レファレンスコード : C01003132100

*2:アジア歴史資料センター支那駐屯軍諸隊派遣船舶輸送の件」 レファレンスコード : C01003132100