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大山事件に対する石射猪太郎の感想

1937年 第二次上海事変

1937年8月10日の石射猪太郎日記に以下の記載がある。

8月10日
○川越大使高宗武と会見、打診したのはよけれども船津を阻止して高との話をはぐらかしてしまったのは誠に遺憾だ。スキを見せねば打ち込んでこぬ、その工作のためにやった船津だったのに。
○昨夜上海で陸戦隊の大山(勇夫)中尉、斉藤水兵がモニュメント路で支那公安隊から殺される。またにぎやかになった。モニュメント路なんて余計なところへ行ったものだ。

http://blog.goo.ne.jp/bongore789/e/5cb8eb64e528375dec6faaa32efabe76

「モニュメント路なんて余計なところへ行ったものだ。」と上海総領事も勤めた石射猪太郎が述べているように、モニュメント路(碑坊路)(現・綏寧路)に海軍将校が赴くこと自体、不自然なことであった。