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「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」で見る大山事件関連報道

反日ワクチンなるネトウヨサイト*1と同じくRed Foxなるネトウヨサイト*2で流布されている大山事件関連の日本特派員記事がある。あちこちでコピペされて使用されているが、この二つのサイトについては出典が明記されていた*3
1937年12月に発行された「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」という1937年7月から10月くらいまでの当時の特派員記事をまとめたもので普通の図書館には中々置いていない本である。

時期から容易にわかるだろうが、盧溝橋事件後の日本メディアによる報道であり日本側の対応を批判的に検証するような視点は皆無、且つ中国側の対応については検証なしで非難するという偏向著しい内容になっている。

なお、朝日新聞報道で同じ記事があるものについては割愛した。
上海大山事件関連の朝日新聞報道(1937年8月10日)1 - 15年戦争史

眼を蔽う暴虐の現場

「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」新聞タイムス社編、1937年、P507

眼を蔽う暴虐の現場
【上海大毎・東日特電十日発】大山中尉、斉藤水兵の死体引取りの一行は沖野海軍武官*4、陸戦隊山内参謀、重村大尉*5総領事館服部副領事、工部局警察上原副総監*6憲兵長塚本大尉*7など支那側は市政府秘書張定栄以下警察局員数名、これに内外の記者団十数名が従い陸戦隊看護婦十名を乗せた救急車とともに九日午後十一時半わが総領事館を出発、深夜の上海をまっしぐらに現場に急行した。
 虹橋路の東端同文書院から少し進んで滬杭甬鉄路を横切りほどなく大西路*8と虹橋路の角*9に来ると支那側は共同租界工部局の越界道路である虹橋路を公然不法占拠し道路上に土嚢陣地を築き着剣手榴弾の武装物々しい保安隊員軍警の中を潜って十日午前一時半惨劇の現場に到着した。
 大山中尉の死体は虹橋路を虹橋飛行場に突き当って右に折れ碑坊路(モニュメント路)*10を北行すること約七、八町*11鉄条網を張りめぐらした飛行場の北端に近い路傍、血の海の中に横たわっていた、案内役の支那巡警が差出すカンテラの光に死体の上を窺うと立会の支那側代表張定栄市政府秘書、朱英保安隊参謀主任でさえ見るに堪えず思わず眼を蔽う暴行の跡だ、午後七時半最初に死体確認のため現場を視察した陸戦隊重村大尉の談によれば最初見た時は頭蓋骨粉砕、骨折や刺傷はなかったというから、これ等は何れもその後死体に加えられた暴行であることが明らかでその暴挙を敢てするのは全く鬼畜の仕業だ、傍に横たわる自動車を見れば一面の弾痕だ、車内は血に染まっている、斉藤一等水兵の死体はそれより東方十数米の豆畑の中に哀れにも仰向けに放り出されてあった、斉藤水兵は後から身に数弾を受け運転台から転げ落ちながらもなお敵に応戦したらしいが、幾つもの残酷な傷があり、両名とも身ぐるみ全部掠奪されている、四方から一斉に撃たれた模様で、あたり一面は文字通り血の海である、午前四時過ぎようやく詳細な検証を終えた。

中国側が越界路を不法占拠したと非難しているが、越界路での警察権は租界工部局と中国側とで協議中であったので、中国側の占領・検問が即違法とは言えない。日本は租界の権限を拡大させようとしていた側であり、言わば租界側の当事者の一員である。
また、最初に現場視察したのが重村実大尉とあるが、別の記事では沖野亦男海軍武官と言う記述もありよくわからない。

記者団立会い、実地検証

「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」新聞タイムス社編、1937年、P508-509

記者団立会い、実地検証
【上海朝日特電十日発】大山中尉事件につき我が総領事館における九日夜の支那側との折衝は支那側の無誠意な態度によって死体引き取りに関し折衝極めて困難であったが、十日午前零時半漸く日支双方立会いの上現場の検証を行うことに決定、我が陸戦隊より山内参謀、沖野武官、重村大尉、有馬軍医官、領事館側より福井領事、服部副領事、工部局より上原副総監等これに支那警察局二名、警備司令部一名市政府より趙秘書が同行、日本及び外字新聞記者も同行して現場に急行した、かくて大山中尉の検死は三時二十分終り、斉藤一等水兵の検死を終ったのは午前四時三十分であった。

大山事件の記述の中には、英米仏人も一緒に現場検証をして揃って中国側の責任とみなした、というものがあるが、この記事には中国人の他には工部局警察すら日本人であり、外人は新聞記者しかいないようである。

支那無根の主張、実地検証で確認

「各社特派員決死の筆陣支那事変戦史」新聞タイムス社編、1937年、P510-511

支那無根の主張、実地検証で確認
【国民、新愛知】海軍省では上海の大山事件に関し、十二日午後零時三十分副官談の形式を以て左の如く発表した。
海軍省副官談】大山大尉、斉藤兵曹虐殺事件該地検証の結果は左の通りである。
 八月十日正午より約八時間に亘り、我が方よりは田尻駐在武官、山内陸戦隊参謀、吉岡、福井両領事、東川憲兵少尉、支那側より周市政府秘書長、趙淞滬警備司令部副官、上海工部局側よりクローチ特察長(英国人)等立会い実地検証を行ったが、支那側は事件の直接関係者及び実見者を出さず主として趙副官我が方の質問に対応し、その言うところ全然条理を失い只管真相を糊塗せんとして弁明これ力めたに過ぎず我が方に射殺せられたりと称する支那兵の死体の如きは現地付近になく検証を行うことが出来ず、大山大尉等が飛行場に突入せんとし先に発砲せりの支那側の主張については十日以来所説三度びも更改せる状況にして我方の反問自動車の実地運転により実証に対し遂に何等明確なる説明出来ず自動車付近には撃ち殻薬莢等多数あり、車体の弾痕は小銃機関銃を以て遠距離近距離より乱射乱撃を行ったものであって、結局我方より先に射撃せりというが如き事実は全く無根であり、支那側は被害者両人を車内より引き出し軍服を着用せる我死体に対して鬼畜に等しい残酷なる行為を加えたることが確認された、尚お自動車の機械は完全であって斉藤兵曹の死亡によって停車したものであることも明瞭となった。

この時点で中国側犠牲者の死体がないことを疑惑の証拠のように書いてあるが、8月10日正午の時点では大山勇夫中尉、斉藤与蔵一等水兵の死体も日本軍が引き取った後*12で現場にはないのだから、的外れな非難である。
「我方より先に射撃せりというが如き事実は全く無根であり」と断言できるだけの証拠も記事からは読みとれない。

*1:http://vaccine.sblo.jp/article/4608857.html

*2:http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-110.html

*3:「Red Fox」は「反日ワクチン」からの引用なので、原典にあたったのは「反日ワクチン」管理人の小楠のみ。

*4:沖野亦男

*5:重村実

*6:上原蕃

*7:塚本誠

*8:Great Western Road、現・延安西路、現在は高速道路の高架が走っている

*9:延安西路と虹橋路の交差点、フランス租界西端から約3km

*10:現・綏寧路

*11:約800メートル

*12:10日午前4時過ぎに検死が終っている