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ソ連参戦時の内蒙古方面へ進軍したソ蒙軍兵力

根本博については、戦後台湾に渡って蒋介石を支援する工作活動を展開した上級将校ということもあって過剰に神格化される傾向がある。中には戦争末期に内蒙古方面に侵攻したソ連軍を食い止め、中央の停戦命令を無視してまで邦人の脱出を助けた英雄的扱いまであるが、実際には1945年8月19日に北支方面軍司令官を兼任するとさっさと北京に下がっている。
また、内蒙古の邦人も大同方面にいた者たちは、張家口を経由した鉄道移動ができず、バスなどを利用した山西省経由での苦しい脱出を迫られているし、張家口からの脱出も華北鉄道社員は、駐蒙軍の組織的な防衛戦が終わった後に大変な苦労の脱出行を強いられている。
「この命、義に捧ぐ」では、根本博がいつ北京に下がったか具体的な記載が避けられているが、実際には防衛戦がもっとも激しくなった8月20日過ぎには既に北京に移動している。前段で根本が「ソ連は、私を戦犯にするとのことだが、私が戦死したら、もはや戦犯にしようとしても不可能ではないか」と語っているだけに*1、さっさと北京に逃れた根本の行動はかなり見苦しい。しかも自身はソ連でも中共でもない国民党軍に降伏した挙句、部下を国共内戦のために蒋介石に差し出すことまで行っており*2、戦犯指定をも逃れ1946年8月には日本に復員しているが、この前後に関する記載は「この命、義に捧ぐ」には全く存在しない。

「この命、義に捧ぐ」では「内蒙古「奇跡の脱出」」と称されているが、実際にこの方面にソ蒙軍はどの程度の兵力を差し向けたのかというと、大した戦力ではなかった。

ソ連軍にとっては満州国こそ主要攻略目標であり、内蒙古方面はおまけ程度であった。ソ連軍は対日参戦にあたって、第1極東方面軍、第2極東方面軍、ザバイカル方面軍を編成しているが、内蒙古方面はザバイカル方面軍の一部である。

バイカル方面軍の主力は、親衛第6戦車軍、第53軍、第39軍であり(19個師団、14個旅団)、これらは新京、奉天を目指した。
これに対して内蒙古方面に割かれたのは、ソ蒙合同騎兵・機械化部隊集団の5個師団、4個旅団に過ぎず、これらの大半はモンゴル軍であった。

ソ蒙合同騎兵・機械化部隊集団

騎兵師団 1個
機械化旅団 1個
自動車化狙撃旅団 1個
戦車旅団 1個
外蒙古騎兵師団 4個 第5、第6、第7、第8騎兵団
外蒙古装甲自動車旅団 1個 第7機甲旅団

これらが張家口やドロンに向かって進軍したが、モンゴル軍をこれほど使用しているのも、騎兵をこれほど使用しているのも、この内蒙古方面のみである。

*1:「この命、義に捧ぐ」P51

*2:http://d.hatena.ne.jp/MARC73/20100410/1275322879