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旧日本軍組織温存のための戦い3・富士倶楽部

1950年6月25日、北朝鮮軍は突如、韓国に侵攻を開始する。朝鮮戦争の始まりである。
2週間後の7月8日、GHQ総司令官のマッカーサーは日本政府に対し再軍備を指令し、政府は8月10日警察予備隊令を出し、日本は再軍備を開始することとなった。兵力は7万5000人。
しかし、当初は元軍人よりも元内務官僚、つまり警察官が優先的に採用され、旧軍人勢力が望むような形での再軍備ではなかった。元軍人らが入隊するのは翌1951年以降(中佐以下のみ、1952年以降は大佐も)となる。
再軍備に伴う復権から外れた旧高級軍人は右翼勢力と協力しつつ台湾の国民党と連携にのめりこんで行く。
こうして1952年に設立されたのが富士倶楽部である。岡村元陸軍大将や及川元海軍大将が中心となって作った「白団」の後方支援組織であり、保安隊に入隊した元部下などから入手した部外秘の戦史・戦略・戦術関連資料を集めた軍事研究所であった。
ここを通じて、台湾にいる「白団」へ流れ、国民党軍幹部教育に使用された。
公にできない活動ながら、GHQや政府当局は黙認していた。もともと実際の活動を担ったのは、服部卓四郎元陸軍大佐と西浦進元陸軍参謀であり、GHQ参謀第2部(G2)の庇護下で堂々と反共目的の再軍備計画を研究していたのだから、GHQが取り締まるわけが無かった。
反共という目的で一致した日本保守勢力、旧軍人勢力、右翼勢力、GHQ、台湾国民党は、共犯関係となって、日本、台湾、後には韓国を含めた反共防波堤を造っていくことになる。
なお、服部卓四郎元大佐は警察予備隊設立にあたって指揮官候補として400人の旧将校を推薦したが、マッカーサーが元軍人の採用に反対したため実現しなかった。