1948年

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )5の2

「The Rape of Nanking」の節の続き。 前半部分で被害実態についての言及があった。否定論の中には、一部の兵士による不法行為であって日本軍全体の責任ではないとするものもある。その否定論を打ち消す内容がここから記載される部分。日本軍司令部の対応が…

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )5の1

前4節を通じて、日本側の認識を論じた東京裁判法廷は、いよいよ南京大虐殺の記述に入っていく。 「The Rape of Nanking」 南京大虐殺事件、南京事件などと呼ばれる日本軍による有名な戦争犯罪である。 この部分については、ネット上でも日本語訳を見つけるこ…

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )4

『国際法上の戦争ではない』『戦争捕虜ではなく匪賊である』『捕らえた中国軍兵士を即時処刑しても問題ない』という日本側の認識が盧溝橋事件(The Marco Polo Bridge Incident)後も変わらなかったことを示すのがこの節である。 「The Policy Remained Unch…

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )3

東京裁判判決文第8章「通例の戦争犯罪」の3つ目の節は「Captives Taken in the China War Were Treated as Bandits」すなわち「中国での戦争で捕らえた捕虜は盗賊として扱った」である。 Captives Taken in the China War Were Treated as Bandits The Japan…

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )2

軍の方針の樹立 Formulation of Military Policy Before discussing the nature and extent of atrocities committed by the Japanese armed forces, it is desirable to state, very shortly, the system under which such conduct should have been contro…

東京裁判判決を読む(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )1

東京裁判判決文の第8章は「通例の戦争犯罪」となっており、そこに戦争中の日本政府・日本軍の行動に対する評価が記されている。第8章内の最初の節は「Allegation That the Laws of War Did Not Apply To the Conduct of the War in China」である。すなわち…

東京裁判裁判記録(英文)

件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判記録(英文)(NO.1、2) A08071243600 平11法務01889100(所蔵館:国立公文書館) A級極東国際軍事裁判記録(英文)(NO.3) A08071243800 平11法務01890100(所…

東京裁判裁判記録(和文)

番号だけのタイトルではアーカイブとして使いにくい。

東京裁判速記録(英文)

件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判速記録(英文)・昭和21.5.3〜昭和21.6.3(第1〜374頁) A08071311500 平11法務02227100(所蔵館:国立公文書館) A級極東国際軍事裁判速記録(英文)・昭和…

東京裁判速記録(和文)

1946年5月3日から1948年11月12日までの東京裁判速記録(和文)。東京裁判は1946年5月3日に開廷、1948年11月4日〜12日にかけて判決が朗読された。 件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判速記録(和文)・昭和21.…

バターン死の行進に関する東京裁判判決の記述(Chapter VIII Conventional War Crimes (Atrocities) )

(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); Death Marches The Japanese Army did not observe the laws of war in the movement of prisoners of war from one place to another. Prisoners were forced to march long distances without suffici…

浜松事件

1948年の静岡県熱海市は稲川角二(稲川聖城)率いる暴力団によりほぼ裏社会の支配が確立していた時期である*1。 この頃、浜松では暴力団と在日朝鮮人系愚連隊の対立が激化しつつあった。対立の争点は闇市である。敗戦後、小野組を中心とする暴力団系の闇市と…