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日米開戦時の入江相政日記

昭和天皇の侍従長を勤めた入江相政氏の日記。 入江相政日記〈第1巻〉 (昭和16年) 十二月八日(月) 快晴 快適 六、三〇 一一、三〇 いよいよ日本は米英両国に宣戦を布告した。来るべきものが来ただけの事であり却ってさっぱりした。九時前に出て省線で浜離…

華北の治安戦

1938年2月〜4月 晋西北抗日根拠地への襲撃を撃退(第26師団、第109師団) 1938年4月 晋東南反9路包囲作戦(108師団) 1938年9月〜11月 晋察冀1938年秋季の反包囲攻撃を発表1938年12月〜1月 南部山西省掃討作戦(S号作戦) 1939年2月 冀中作戦(南号作戦) 19…

晋察冀辺区粛正作戦・第1軍 独立混成第3・第4旅団の戦果・損害

標題:第5 作戦の成果 自八月十日至十月十五日 晋察冀辺区粛正作戦総合戦果 3Bs(長野) 4Bs(片山) 合計 敵遺棄屍体 660 711 1431 捕虜 217 392 609 我損害戦死 19(内将校1) 6(内将校1) 25(内将校2) 我損害戦傷 63(内将校1) 20(内将校1) 83(内将校2) 行方…

閻錫山工作(対伯工作)

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13071082300、上奏文(写)(防衛省防衛研究所)」 上奏文(写) 元第1軍司令官 元陸軍中将 岩松義雄四、山西軍に対しては従来の謀略工作を強化促進し昭和十六年九月十一日に基本協定及停戦協定を、同年十月二十七日に停…

日本軍による山西省の粛正作戦(1941年〜1942年)

「近代日本戦争史 第四編 大東亜戦争」 (第七節 中国大陸の諸作戦 (森松俊夫)P598) (略) 山西省では、第一軍が二月に山西省全域で剿共戦を実施し、五月から南部大行山脈内の共産党軍根拠地と残存の国民党軍を攻撃した。共産党軍と国民党軍は、地盤の確…

第二十三話 蘇北蘇中1941年夏季の反「掃討」戦役を発表

第二十三話 蘇北蘇中1941年夏季の反「掃討」戦役を発表 2014-10-01 17:11:08 1941年7月上旬に日本軍と偽軍(中国人で編制された日本軍の協力部隊)は、塩阜地域で「掃討」準備を行い、塩城の新四軍指導機関をせん滅し、抗日拠点を壊滅した。新四軍軍部が塩阜…

日中戦争の主な戦闘

1937年8月〜11月 第二次上海事変 1937年9月〜11月 太原会戦 1937年12月 南京攻防戦 1937年12月〜1938年5月 徐州会戦 1938年6月〜10月 武漢会戦 1939年3月〜5月 南昌会戦 1939年4月〜5月 随棗会戦 1939年9月〜10月 第一次長沙会戦 1939年12月〜1940年1月 冬季…

豫南会戦の中国軍編成

第五戦区司令長官・李宗仁第36軍 独立第15旅 砲兵第14団 独立工兵第4営 戦車防御砲第56団 第1、第4連 第2集団軍・孫連仲 第55軍 第59軍 第68軍 第33集団軍・馮治安 第77軍 第30軍 第31集団軍・湯恩伯 第92軍 第85軍 第29軍 第13軍 第84軍 関連 予南作戦 - Wi…

真珠湾攻撃

1941年12月8日(現地時間7日)、日本海軍機動部隊はハワイ真珠湾を奇襲攻撃。停泊中のアメリカ太平洋艦隊に対して甚大な被害を与えた。アメリカ政府は直ちに対日宣戦布告を宣言し、太平洋戦争が勃発する。日本側からの宣戦布告の通告は様々な誤謬により攻撃…

第一戦区の概略

1937年8月 河北省、山東省の日本軍に占領されていない地域を主要な戦区範囲として成立。戦区司令長官には当初、蒋介石が兼務したが第二次上海事変が激化すると蒋介石は第二次上海事変に専念せざるを得ず、戦区司令長官を程潜*1に交代する。 戦区麾下には、宋…

中原会戦(百号作戦)・晋南(中条山)会戦関連資料

昭和16年(1941年)5月7日、北支那方面軍は、山西省の重慶国民政府軍を攻撃する、中原会戦(百号作戦)を開始しました。 資料1は、北支那方面軍の田辺盛武参謀長が木村兵太郎陸軍次官に対して送った、百号作戦に関連する昭和16年6月4日付の通牒…

中条山会戦における八路軍・陳賡(陈赓)の行動

5月19日 奉命率部向洪洞北侧同蒲铁路侧击,以配合晋南友军作战。 http://baike.baidu.com/view/1825.htm

蒋介石秘録に記載された晋南(中条山)会戦

「蒋介石秘録14・日本降伏」P63-64 一九四一年五月、日本軍は晋南(山西省南部)の政府軍に総攻撃を開始した。攻防の焦点となったのは中條山で、ここは、わが政府軍(第十四集団軍、第六十一軍)が前年十二月、十回にのぼる日本軍の攻撃をはじき返したとこ…

中原会戦(百号作戦)・晋南(中条山)会戦

推移 1941年5月7日、日本軍北支那方面軍が6個師団、3個旅団を動員して、山西省黄河北岸の中条山地区に展開している中国国民政府軍9個軍に対し攻撃を開始。 日本軍は、黄河を背にした中国軍に対し、東西北からの包囲攻撃をかけた。 東方(沁陽→済源→邵源) 東…

機関銃中隊の編成例

「菊兵団ビルマ死闘記」の著者前田正雄は、第18師団第56連隊第1大隊に所属した将校である。主として第1機関銃中隊に配属され、小隊長、中隊長を勤めている。 大隊に配属されている機関銃中隊は、戦闘時には大隊麾下の各歩兵中隊に機関銃1個小隊を付けること…

臼井勝美「日中戦争」における新四軍事件の記述

一九四一年一月七日から始まった国民政府軍の包囲攻撃により安徽省南部における共産軍(新四軍)約七〇〇〇は壊滅的打撃を受けた。大規模な国共両軍の軍事衝突である(皖南事件)。この衝突の原因は、日中戦争開始以来着実に勢力を伸ばしてきた共産軍の脅威…