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浜松事件

1948年の静岡県熱海市は稲川角二(稲川聖城)率いる暴力団によりほぼ裏社会の支配が確立していた時期である*1。 この頃、浜松では暴力団と在日朝鮮人系愚連隊の対立が激化しつつあった。対立の争点は闇市である。敗戦後、小野組を中心とする暴力団系の闇市と…

戦時中の暴力団

37年、《日中戦争》が勃発するとともに、同年、政府は「国民精神総動員運動」を起こし、戦争遂行のために挙国一致・尽忠報国・堅忍持久を訴えた。さらに、40年、政党解党によって〈大政翼賛会〉が設立されるに至って、無法地帯での大陸ゴロを除いて、もはや…

戦前の暴力団

32年、山口登(31)は田岡一雄(20)を子分とした。また、彼は先代同様に浪花節のファンであったので、この景気回復とナショナリズムに合せて、新たな資金源として娯楽的な浪曲興行を考え、33年には山口組興行部を作った。さらに、翌34年、彼は吉本興業の創…

上海青年同志会の正体

以前、テロ活動で上海事変を煽った青年同志会は大陸浪人か右翼団体の類であろうと書いたが、それが事実であることを確認した。三友実業社襲撃放火事件の首謀者である上海青年同志会会長の光村芳蔵は、当時46歳。本籍地は大阪である。 第一次上海事変勃発直後…

戦後熱海の利権争奪を巡る暴力団と外国人と宗教団体

戦争末期の伊豆半島から相模半島までの相模湾一帯は、米軍の本土上陸が懸念される地域であったため、日本軍は泥縄的に要塞化を進めた。しかし、徴兵を繰り返し若年者・壮年者の人口が少なくなった状況では労働力が足りず、強制連行した中国人・朝鮮人らを投…