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「加賀」は日中戦争初戦で南京等を空爆した艦載機が発艦した空母

ヘリ護衛艦「かが」就役4隻態勢 対中潜水艦戦に威力 米戦闘機発着も可能(産経新聞 3/23(木) 7:55配信 )自衛隊の四隻目のヘリ空母「かが」が就役し対中国関連で強調されている。 しかし中国側が「かが」を警戒するのは、現在の日本の対中政策に対してだけ…

犬の皮供出の証言

「臣民根性の行き着く果て―「戦時犬猫供出」」に関連する証言として。 川越市霞ヶ関公民館発行の「一人ひとりの戦争体験」よりM氏*1の「恐ろしかった犬の皮の供出」(139-140ページ)。 (略) 終戦も間近い昭和十九年頃だったと思いますが、霞ヶ関村へ犬の…

「心理作戦班日本人捕虜尋問報告四九号」にある慰安婦らの連行時点での年齢

「心理作戦班日本人捕虜尋問報告四九号」には捕虜となった慰安婦に関する以下の情報がある。 付録A 以下はこの報告に用いられた情報を得るために尋問を受けた二○人の朝鮮人「慰安婦」と日本人民間人二人の名前である。朝鮮人名は音読みで表記している。 名 …

林彪の語る平型関の戦訓

全体としての平型関の戦闘は、1937年9月22日の中国軍第2戦区が防衛する平型関に対する日本軍第5師団の攻撃開始から、28日の中国軍による平型関放棄までの一連の攻防戦を意味する。 防衛の主体となったのは第2戦区隷下の第6集団軍(楊愛源)に八路軍第115師(…

上海・大山勇夫海軍中尉遭難事件(虹橋飛行場事件)の概略

1937年8月9日夕刻、上海郊外の虹橋飛行場正門前で大山勇夫海軍中尉が中国保安隊によって射殺された。大山事件という。 日本側は中国側に対し強硬に抗議し軍艦を上海に派遣して威嚇、結果として第二次上海事変が勃発するに至るが、中国側では日本軍将校が虹橋…

盧溝橋事件から通州事件・北京陥落まではどういう流れだったか

1937年7月7日、現在の北京郊外盧溝橋附近にて夜間演習中の日本軍に対して実弾発砲事件があった。日本軍の演習に反発した中国軍兵士による偶発的発砲というのが通説である。 発砲による日本軍の被害は皆無だったが、日本兵一名が一時所在不明になったことから…

南京大虐殺とはどういう事件だったか

1937年12月13日、侵攻してきた日本軍の攻撃により中華民国の首都・南京が陥落した。 南京防衛軍は崩壊し一部の部隊が日本軍の包囲網を破っての撤退に成功したが、多くは壊滅した。 南京の中国軍防衛線は南京城の城壁を最終的な防衛ラインとし、それを城外の…

慰安婦問題関連のブログ

ソウルと釜山の日本大使館、領事館前にある少女(従軍慰安婦)像を見学してきた ( Bill McCreary、2017年01月06日 00:00) 少女像を見てきた人の記録。釜山領事館前の少女像が正門前でも近くでもなかったのは意外。 少女像設置の件における日本側「戦犯」 …

日米開戦時の入江相政日記

昭和天皇の侍従長を勤めた入江相政氏の日記。 入江相政日記〈第1巻〉 (昭和16年) 十二月八日(月) 快晴 快適 六、三〇 一一、三〇 いよいよ日本は米英両国に宣戦を布告した。来るべきものが来ただけの事であり却ってさっぱりした。九時前に出て省線で浜離…

村井倉松

1932年に上海総領事で戦後八戸市長となった村井倉松(村井倉松 - Wikipedia)(1888-1953/10/23)という人物がいる。この村井倉松は八戸市長在職2年半で膀胱肉腫で死去している*1。 八戸市には、もう一人同名の村井倉松なる人物がいる。 明治年間の1889年に…

満州事変勃発に伴う日本軍の派兵経過

満州事変勃発時 関東軍(司令官:本庄繁、参謀長:三宅光治) 駐箚師団:第2師団(師団長:多門二郎、参謀長:上野良丞) 第3旅団(歩兵第4連隊、歩兵第29連隊) 第15旅団(歩兵第16連隊、歩兵第30連隊) 騎兵第2連隊(本部+第1中隊) 野砲兵第2連隊(本部…

1940年11月30日に編成下令された独立歩兵大隊

所属 部隊名 編成日 管理 独混19旅 独立歩兵第97大隊 南支那方面軍 独混19旅 独立歩兵第98大隊 南支那方面軍 独混19旅 独立歩兵第99大隊 南支那方面軍 独混19旅 独立歩兵第100大隊 南支那方面軍 独立混成旅団 部隊名 符丁 編成日 編成地 所属部隊 補充担当 …

1939年11月7日に編成下令された独立歩兵大隊

所属 部隊名 編成日 管理 独混16旅 独立歩兵第82大隊 北支那方面軍 独混16旅 独立歩兵第83大隊 北支那方面軍 独混16旅 独立歩兵第84大隊 北支那方面軍 独混16旅 独立歩兵第85大隊 北支那方面軍 独混16旅 独立歩兵第86大隊 北支那方面軍 独混17旅 独立歩兵第8…

1938年10月31日に編成下令された独立歩兵大隊

独立歩兵第1〜20大隊が編成された1938年2月から8か月後の10月に番号を飛ばした独立歩兵第101〜108大隊が編成されている。 部隊名 管理 独立歩兵第101大隊 中支那派遣軍 独立歩兵第102大隊 中支那派遣軍 独立歩兵第103大隊 中支那派遣軍 独立歩兵第104大隊 中…

1939年7月22日に編成下令された独立歩兵大隊

所属 部隊名 編成日 独混第1旅団 独立歩兵第72大隊 1939年9月7日 独混第1旅団 独立歩兵第73大隊 1939年9月7日 独混第1旅団 独立歩兵第74大隊 1939年9月7日 独混第1旅団 独立歩兵第75大隊 1939年9月7日 独混第1旅団 独立歩兵第76大隊 1939年9月7日 独混第15旅…

独立歩兵第66〜第71大隊の編成

独立混成第6〜第14旅団(独立歩兵第21〜第65大隊)が編成された1939年1月、独立歩兵第66〜71大隊の6個大隊が編成されている。 部隊名 編成下令日 独立歩兵第66大隊 1939年1月31日 独立歩兵第67大隊 1939年1月31日 独立歩兵第68大隊 1939年1月31日 独立歩兵第…

1938年2月10日に編成下令された独立歩兵大隊

独立混成第2〜5旅団の4個旅団を新編するにあたり、所属する各5個大隊、計20個の独立歩兵大隊を編成している。 所属 部隊名 編成日 独混第2旅団 独立歩兵第1大隊 1938年3月20日 独混第2旅団 独立歩兵第2大隊 1938年3月20日 独混第2旅団 独立歩兵第3大隊 1938…

1940年晋中作戦における第一軍の戦果表

http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C11110991000?IS_STYLE=default&IS_KIND=SimpleSummary&IS_TAG_S1=InfoD&IS_KEY_S1=%E6%99%8B%E4%B8%AD%E4%BD%9C%E6%88%A6&IS_LGC_S32=&IS_TAG_S32=& 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110991000、第1軍作戦経…

1940年晋中作戦における独立混成第4旅団の損害

「第一期晋中作戦(独立混成第四旅団・独立混成第九旅団)における原討伐隊の被害」関連。 http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C11111404300?IS_STYLE=default&IS_KEY_S1=F2011112915412306240&IS_KIND=MetaFolder&IS_TAG_S1=FolderId& 「JACAR(アジア歴…

第二期晋中作戦における岡崎支隊(オ支隊)の被害

第一期晋中作戦の原討伐隊よりも大きな損害を受けたのが、第二期晋中作戦におけるオ支隊である。 オ支隊(岡崎支隊):歩兵3個中隊+山砲1個小隊基幹 岡崎陸軍中佐 第37師団歩兵1中隊 独立混成第9旅団歩兵1中隊 独立歩兵第12大隊歩兵1中隊 独立混成第9旅団山…

第一期晋中作戦(独立混成第四旅団・独立混成第九旅団)における原討伐隊の被害

一軍作命甲第二五五号 第一軍命令 八月二十六日二十時十分 太原軍司令部 一、石太線南方地区ノ敵第一二九師主力ハ全面的ニ退却ノ兆アリ 二、軍ハ該敵ヲ捕捉撃滅セントス 三、独立混成第四旅団長ハ歩兵約一大隊基幹部隊ヲ以テ治西村(平定西南六粁)―上龍泉(…

百団大戦の概要

「作戦日誌で綴る支那事変 (1978年)」 P442 4、中共軍の奇襲(百団大戦) (1)、中共軍奇襲攻撃の概要(中共軍の資料による) 支那軍の団は、日本軍の連隊に相当する部隊の名称である。八月二十日夜、中共軍は百個連隊余の兵力を以てわが軍に対し、奇襲的に大…

右翼団体 上海青年同志会 光村芳蔵に関する記事

「上海青年同志会の正体」関連。 神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 外交(110-003) 大阪朝日新聞 1932.1.21(昭和7) 抗日会の解散を要求 村井総領事から 【上海特電二十日発】我日蓮僧らに対する支那人の襲撃事件に対し村井総領事は二十日午後五時上海市長…

東京裁判裁判記録(英文)

件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判記録(英文)(NO.1、2) A08071243600 平11法務01889100(所蔵館:国立公文書館) A級極東国際軍事裁判記録(英文)(NO.3) A08071243800 平11法務01890100(所…

東京裁判裁判記録(和文)

番号だけのタイトルではアーカイブとして使いにくい。

東京裁判速記録(英文)

件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判速記録(英文)・昭和21.5.3〜昭和21.6.3(第1〜374頁) A08071311500 平11法務02227100(所蔵館:国立公文書館) A級極東国際軍事裁判速記録(英文)・昭和…

東京裁判速記録(和文)

1946年5月3日から1948年11月12日までの東京裁判速記録(和文)。東京裁判は1946年5月3日に開廷、1948年11月4日〜12日にかけて判決が朗読された。 件名標題 レファレンスコード 所蔵館における請求記号 備考 A級極東国際軍事裁判速記録(和文)・昭和21.…

独立混成第1旅団人員(1938年3月)

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13010083400、関東軍人馬現員表 昭和12〜13年(防衛省防衛研究所)」 独立混成第一旅団人員現員表 昭和十三年三月調 独立混成第一旅団 部隊別╲区分 編成定員 将校 准士官 下士官 兵 小計 高等文官 判任文官 雇員 工員…

上海大山中尉射殺事件の日本以外での報道2

日本国内不発表 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03023890400、各種情報資料・北支事変関係情報綴(国立公文書館)」 情報委員会八・一一 情報第三号 大山事件と仏紙論調 ―同盟来電(不発表)―パリ十日発電 北支事変に対するパリ新聞の興味は茲二、三日以…

労務動員計画における労務者供給数の朝鮮人労務者部分

日本内地供給計画 (男) 区分 1939年度 85,000人 移住朝鮮人 1940年度 88,000人 移住朝鮮労務者 1941年度 81,000人 移住朝鮮労務者 1942年度 120,000人 朝鮮人労務者 1943年度 120,000人 移入朝鮮人労務者 1943年度 50,000人 日本内地在住朝鮮人労務者 1944…

一個歩兵師団の構成の日中比較

類別 日本 中国 人員 21945人 10923人 馬匹 5849頭 -- 歩騎兵銃 9476挺 3821挺 擲弾筒 576基 243基 軽機関銃 541挺 274挺 重機関銃 104挺 54挺 野山砲 64門 16門 連隊砲・大隊砲 44門 30門 戦車 24両 0 車両 262両 0 自動貨車 266両 0 馬車 555両 0 (『中国…

「「ホウヘイ前へ」事件」は誇張

産経新聞の田村秀男記者が、2007年と2015年の二度言及している「「ホウヘイ前へ」事件」というのがある。 【国際政治経済学入門】日中通貨戦争の教訓 (2007年5月21日記事(※:引用者がネット上に転載されたものを参照したもので、産経のURLからの直接の引用…

華北の治安戦

1938年2月〜4月 晋西北抗日根拠地への襲撃を撃退(第26師団、第109師団) 1938年4月 晋東南反9路包囲作戦(108師団) 1938年9月〜11月 晋察冀1938年秋季の反包囲攻撃を発表1938年12月〜1月 南部山西省掃討作戦(S号作戦) 1939年2月 冀中作戦(南号作戦) 19…

1942年4月の北支那方面軍編成

北支那方面軍(甲) │ │ │ ├第27師団(極) │ ├第41師団(河) │ ├第110師団(鷺) │ ├独立混成第1旅団(島) │ ├独立混成第8旅団(春) │ ├独立混成第9旅団(谷) │ └独立混成第15旅団(陣) │ ├第一軍(乙) │ │ │ ├第36師団(雪) │ ├第37師団(冬) │ ├…

晋察冀辺区粛正作戦・第1軍 独立混成第3・第4旅団の戦果・損害

標題:第5 作戦の成果 自八月十日至十月十五日 晋察冀辺区粛正作戦総合戦果 3Bs(長野) 4Bs(片山) 合計 敵遺棄屍体 660 711 1431 捕虜 217 392 609 我損害戦死 19(内将校1) 6(内将校1) 25(内将校2) 我損害戦傷 63(内将校1) 20(内将校1) 83(内将校2) 行方…

第一軍司令官・岩松義雄中将の上奏文

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13071082300、上奏文(写)(防衛省防衛研究所)」 上奏文(写) 元第1軍司令官 元陸軍中将 岩松義雄 臣義雄 一、乏しきを以て第一軍司令官の重任を辱うし昭和十六年六月二十七日太原に着任し隷下各部隊を統率し山西省全…

閻錫山工作(対伯工作)

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C13071082300、上奏文(写)(防衛省防衛研究所)」 上奏文(写) 元第1軍司令官 元陸軍中将 岩松義雄四、山西軍に対しては従来の謀略工作を強化促進し昭和十六年九月十一日に基本協定及停戦協定を、同年十月二十七日に停…

日本軍による山西省の粛正作戦(1941年〜1942年)

「近代日本戦争史 第四編 大東亜戦争」 (第七節 中国大陸の諸作戦 (森松俊夫)P598) (略) 山西省では、第一軍が二月に山西省全域で剿共戦を実施し、五月から南部大行山脈内の共産党軍根拠地と残存の国民党軍を攻撃した。共産党軍と国民党軍は、地盤の確…

第三十話 湘西会戦

第三十話 湘西会戦 2014-10-08 14:23:59 1945年4月、中国侵略日本軍は約8万人の兵力を集結し、第20軍の板西一良司令官の指揮の下で、分進合撃(分散した部隊が集中するように機動・攻撃する方式)の戦術をとり、湖南省西部に向け攻撃を始め、芷江(…

第二十九話 衡陽防衛戦

第二十九話 衡陽防衛戦 2014-10-07 16:04:57 【新華社北京9月22日】国家檔案局が9月22日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』第二十九回:衡陽防衛戦をその公式サイトに発表した。 第二十九回の説明によると、1944年の初め、日本は大陸交通…

第二十八話 車橋戦役

第二十八話 車橋戦役 2014-10-06 13:47:18 【新華社北京9月21日】国家檔案局が9月21日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』第二十八回:車橋戦役をその公式サイトに発表した。 第二十八回の説明によると、車橋鎮は江蘇省淮安県の東南に位置し、…

第二十七話 常徳の戦い

第二十七話 常徳の戦い 2014-10-05 14:50:32 【新華社北京9月20日】国家檔案局が9月20日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』第二十七回:常徳の戦いをその公式サイトに発表した。 第二十七回の説明によると、1943年11月の初め、中国侵略…

第二十六話 中国遠征軍のミャンマー北部、雲南西部での戦闘記録のリスト

第二十六話 中国遠征軍のミャンマー北部、雲南西部での戦闘記録のリスト 2014-10-04 13:55:02 【新華社北京9月19日】国家檔案局が9月19日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』二十六回:太行、太岳の夏季の反「掃討」作戦をその公式サイトに発…

第二十五話 太行、太岳の夏季反「掃討」作戦

第二十五話 太行、太岳の夏季反「掃討」作戦 2014-10-03 14:19:31 1942年5月、日本軍は3万人余りの兵力で、「鉄壁合囲、捕捉奇襲」などの戦法をとり、太行、太岳の抗日本拠地に夏季の「掃討」を行った。 5月19日、敵は2万5000余人の兵力で、八路軍本部と北方…

第二十四話 中国遠征軍のビルマ作戦

第二十四話 中国遠征軍のビルマ作戦 2014-10-02 18:01:43 ビルマ(1989年からは「ミャンマー」と称す)は中国・雲南省に隣接しており、第二次世界大戦中は英国の植民地だった。ビルマと中国・雲南省を結ぶ道路(「ビルマルート」。「ビルマロード」ともいう…

第二十三話 蘇北蘇中1941年夏季の反「掃討」戦役を発表

第二十三話 蘇北蘇中1941年夏季の反「掃討」戦役を発表 2014-10-01 17:11:08 1941年7月上旬に日本軍と偽軍(中国人で編制された日本軍の協力部隊)は、塩阜地域で「掃討」準備を行い、塩城の新四軍指導機関をせん滅し、抗日拠点を壊滅した。新四軍軍部が塩阜…

第二十二話 百団大戦

第二十二話 百団大戦 2014-09-30 09:23:08 1940年の夏、日本軍の「囚籠作戦」をつぶすため、敵後方の抗日軍民は雨季のうちに、日本軍に対する大規模な攻撃を行った。八路軍の作戦参加部隊が105個団(およそ20数万人)に達したことから、「百団大戦」と呼ばれ…

第二十一話 棗宜会戦

第二十一話 棗宜会戦 2014-09-29 10:23:39 【新華社北京9月14日】国家檔案局が9月14日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』第二十一回:棗宜会戦をその公式サイトに発表した。 第二十一回の説明によると、1940年5月1日から6月18日にか…

第二十話 北岳区冬季の反「掃討」の戦い

第二十話 北岳区冬季の反「掃討」の戦い 2014-09-28 12:12:35 1939年10月25日、日本軍は2万余りの兵力を集結させ、晋察冀の北岳区に向けて冬季の大「掃討」を行った。 11月初め、晋察冀部隊は八路軍第120師の協力のもと、河北省涞源県雁宿崖、黄土嶺で待ち伏…

第十九話 崑崙関の圧勝を公布

第十九話 崑崙関の圧勝を公布 2014-09-27 16:56:51 国家檔案局が9月12日『血を浴びて戦うーー中国の抗日戦争に関する檔案』第十九回:崑崙関の圧勝をその公式サイトに発表した。 第十九回の説明によると、1939年11月、中国海外交通補給線を断ち切るために、…